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2.5か月のリゾートバイト体験in広島

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ご無沙汰しております絵楽(えら)です。

6月の半ばくらいから8月いっぱいまで、広島は宮島に住んでおりました。

普段は熊本に住み、自転車屋さんで働いていたのですが、いろいろと思うところがあって一度離れてみることに。

形態は派遣です。
寮・従業員食堂つきの住み込みバイトで、内容は客室清掃をやってました。
温泉旅館的なとこだったので和室が多く、まあ言ってみれば布団上げですね。
それと、細分化された業務の中で担当に割り振られた備品設置係をやりました。

実家から出て一人を謳歌したかったのと、接客に疲れたのと、半年くらい調子が優れなかったので環境を変えてみたかったのと、もともとリゾートバイトにちょっとした憧れがあったのと。

めちゃくちゃ楽しみにして向かい、いざ着いてみると…

到着した瞬間から帰りたいという、想定外なことに見舞われました( ̄▽ ̄)

やっぱり土地勘がない不安とか。
頼れる人とか信頼できる人がいないとか。
寮めっちゃ古くてちょっと惨めな気分になったとか。

そんな感じでした(´・ω・`)

別に実家に特別帰りたかったわけではないのですが、ある種ホームシックでした(笑)

実際働き始めたら、きっと業務に追われてそんなこと考えてる暇なかろうと思ってたんですが、割と最初の方から理不尽に見舞われ不満も募り。

そもそも、事前に知らされていた持ち物に関して明らかに説明不足でした。
…制服貸与って言ってたのにポロシャツのみで下は持参だったし(買い足した)、裏方だからあんまり気にしてなかったらマスクは白のみとか言われるし(そもそも要らんでしょ笑)、部屋履き要るとか聞いてないし( ̄▽ ̄)

契約の開始時間の10分前には到着しておいてねと現場には言われるのですが、実際その時間に着いても遅いので、同じ寮の先輩は20分~25分前には着くように出勤し、すぐ働き始めます。
しっかりタイムカード切るのに、手書きのタイムシート(勤怠管理表)には契約の開始時間で記入しろと言われますし。

そこは派遣会社に直接連絡してこっそり便宜をはかってもらい解決しましたが( ̄▽ ̄)

それと通された寮が古くて、ひいばあちゃんの家を思い出す雰囲気でした。
私は二階の部屋だったんですが、階段がかなり急で、慣れないと怖い。
というかそもそも斜めに建ってるもんだから、引き戸の窓が開けにくい閉めにくい。
網戸もまっすぐ入らないから虫は入るし…でも廊下の窓は開け放っておかないと家じゅうがカビてしまう。

一応個室でしたが、シェアハウスタイプの寮。
古いので壁が薄く、二つ隣の部屋の住人の独り言?配信?電話?の声がもろに聞こえます。
ボール紙みたいな壁をホッチキスで留めたような壁で、結構閉塞感があって私は苦手でした。
水回り等共用設備がほとんどで、キッチンもなく…まあ食事出るから仕方ないんだけども。

…と、こんな感じで、人によっては「贅沢言うなよ」って思うかもしれませんが、色々要素が重なって私にはかなりストレスフルでした。

実際仕事はというと、かなりのベテラン勢(60~70代女性)が5~6人鎮座している現場で、慣れるまで怖かったです(´・ω・`)
ベテランさん5~6人に、派遣と直雇用合わせて10人弱とかそこらでシフト回してました。

良い人達なんですが、裏方だからかあんまり愛想がない方が多い。
挨拶しても返してくれなかったり、姑か…?っていう注意の仕方されたり。
それともちろん、新顔なんて「こいつほんとに働くやつか?できるやつか?やる気のあるやつか?」って目で見られると思うので、お互いに信頼関係ゼロから構築しないといけないですし。

それと、宿泊施設には「チェックアウト」「チェックイン」ってのがありますね。
その時間内に何が何でも仕事を終わらせないといけない。
どれだけ無駄を省いて時間短縮して、早く正確に作業をこなせるか。

…私が一番苦手とする分野でした。

何やればいいのか分かってても、やっても頑張っても、「このままじゃ終わらない!!!」みたいな。
時間に追われながら働かないといけなくて、時に半べそかきながら、時に意味不明はハイ状態になりながら働いてました。
いつの間にか、お願いですから私を役に立たせてくださいと心の中で唱えていて、人間追い込まれると神様にすがりながらでないと動けないんだなって思いました。

回収したシーツ抱えて、無線を受け、ずっと走り回って、毎日くたくたでした。
もちろん体きついんだけれども、働くことで自分がどう思うか…重いとかきついとか苦しいとか苦手とか向いてないとか、そんなことばっかり考えてると本当にきつくてきつくて。
だから、今動くことで自分がどう感じるのか考えるより、いかに目の前のやるべきことに集中するかに神経を傾けないとやってられませんでした。

そんなこんなで、環境や一緒に働く人に慣れるまでに、1~1.5か月くらいかかりました(´・ω・`)

全体の流れが分かるようになって、動けるようになって、手もだいぶ動かせるようになってからは、少し楽しんで働けたので良かったです。
…最後の2~3週間でしたが(笑)
最初はあたりのきつかったベテランさんにも、「あんたよく働くねえ」と言ってもらえたので嬉しくなって( ̄▽ ̄)

トータル73日あったのですが、到着して即刻帰りたかったので、かーなーり長く感じました(笑)

2週間過ぎたあたりから、残り56日…!!あと〇週間…今日で〇日達成!!って毎日カウントダウンして過ごしました( ̄▽ ̄)
最後のシフトが出てからは、あと何回出勤!!も追加で。

何度、途中で辞めて帰ろうかと考えたか知れません。

そして、ようやく迎えた最終日。
仲良くしてくれた方々と4人で、勤務後、送別会と称しおいしいあなご飯をごちそうしてもらい、スタバでおすすめの抹茶フラペチーノカスタムを飲み、部屋に帰ってさあ準備だという夜。

深夜になって、吐き気が止まらなくて準備どころではなくなりました。
諦めて寝ようとしても気持ち悪すぎて寝付けないほど。
胃の中にはほぼ何も残ってないのに、透明な胃液ばっかり3~4回戻しました。

トイレは共用だったので、夜誰も起きてこなくてよかったと心の底から思いました( ̄▽ ̄)

翌朝、あまりにもきつくて、準備とか帰るとかそれどころではありませんでした。
同じ寮のシェアハウスの人たちに、経口補水液買ってきてもらったり、従業員食堂でもらってきたご飯でおかゆ炊いてもらったり…最後までめちゃめちゃお世話になりました(´・ω・`)

滞在を一日延ばしてもらい、翌日なんとか動けるまで回復したので、半ば体引きずるようにして帰ってきました(笑)

最後まで退屈しないほど、ネタもりだくさんな2.5か月の修行でした( ̄▽ ̄)

実は、似たようなことを高校卒業の時にも体験していました。

私の高校生活は、入学後2か月で体を壊し、半年近く不登校のあと、保健室登校を許可してもらってなんとか卒業資格をもらえるまでこぎつけた、苦しい3年間でした。

体調不良の中、出席日数・時数・赤点の危機にさらされ、将来不安に絶望しながら耐え抜いて、この学年で一番卒業するのに苦労したんじゃないかと思う程でした。

でも、卒業式当日になって、朝から同じように吐き気が止まらなくなり、胃液ばっかり戻し…
回復したら行こうかと思っていましたが、結局出席できませんでした。

私が並んでいたはずの席は空いたまま、後日いただいたビデオに残っています(笑)

卒業証書は後日親に連れられて取りに行きました( ̄▽ ̄)

多分、よっぽどストレスだったとか、それが終わってほっとしたとか、そういう類だとは思います。
小学生の頃から偏頭痛にもしばしば襲われていましたが、休みの日になって寝込んだりしていたので。

頑張って耐えて、先に体が壊れるタイプの人間です(笑)

早く帰りたくて、それはそれは長い2か月半でしたが、行ってみてよかったとは思っています。

自分がどういう人間なのか、何をしたいのか、今までの環境から離れたからこそ見えたものもありましたし、色々と耐え抜いたおかげで精神的にかなりたくましくなったと思います。

熊本に帰って来てからは、元いた自転車屋さんでまた働かせてくださいとお願いして出戻りしました。
前は午後から半日のシフトだったのを、出戻り後はフルで入れてもらっているので、まだ体が追い付かずに休日は猫と一日お昼寝してる日が多いです( ̄▽ ̄)

向こうでは精神的に余裕がなく、全く絵を描けませんでした。
戻ってからもこんな調子なので、かなり感覚は鈍っているだろうなと思いつつ、時々鉛筆で外枠だけ落書きしている程度です。

気ままにまた描いて投稿していく予定ではありますので、もし見かけたらちょっと覗いてやってください^^

それでは、ありがとうございました。

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